さぽろぐ

  スポーツ  |  その他北海道

ログインヘルプ


2012年12月05日

悪法もまた法なり

今日から期日前投票が始まりましたが、次のニュースがyahooで配信されました。

「選挙のネット解禁も、いったいいつまで議論しているんだ?何も変えられない。こんな政治を変えなきゃ」。衆院選が公示された4日、日本維新の会代表代行の橋下徹大阪市長はツイッターで選挙でのネットの活用を認めない公職選挙法批判を繰り返した。

公選法は選挙期間中の不特定多数への「文書図画の頒布」を禁じる。総務省は「事実認定をするのは司法機関だ」として個別ケースについての回答を避けているが、選挙期間中にネット上で特定候補の当選のために書き込むことや、選挙運動と見られる書き込みは公選法に違反する可能性があるとしている。

橋下氏のツイッターのフォロワーは90万人を超え、影響力も大きい。橋下氏は4日、大阪市中央区の街頭演説でこう訴えた。「自民、民主の広告がバンバン流れる。僕らには金がないから、僕らの宣伝方法と言ったら、僕のあの、せこいツイッターのみですよ」


これを見て、「悪法もまた法なり」という言葉を思い出しました。

ところが、夕方になって次のようなコメントが出されましたね。

「現行法上、公選法での文書制限があり、ネットも文書にあたるという総務省の見解もあるので、バカらしいがそれを踏まえる。嫌ならそのルールを変えればいいわけだか」

法治国家においては当然のことではないかと思います。

ところで、その言葉を思い出したとき、「あれ?誰が言った言葉だっけ?」とネットで少し調べてみました。

日本では、ソクラテスが裁判にかけられ、死刑になった時に言ったと、一般的に言われている言葉だそうです。

ところが、色々と見ていると、実はソクラテスは何の著書も残していないらしく、弟子のプラトンの著書によると少し解釈が違うという記述があったので掲載します。(私にはよくわかりませんが・・・)

「神事の忌みによる猶予の間にクリトン・プラトンらによって逃亡・亡命も勧められ、またソクラテスに同情する者の多かった牢番も彼がいつでも逃げられるよう鉄格子の鍵を開けていたがこれを拒否。当時は死刑を命じられても牢番にわずかな額を握らせるだけで脱獄可能だったが、自身の知への愛(フィロソフィア)と「単に生きるのではなく、善く生きる」意志を貫き、票決に反して亡命するという不正をおこなうよりも、死を恐れずに殉ずる道を選んだ。」

  
Posted by kota at 21:00Comments(0)その他